高学年の男の子。今までは「お手本に似せて書くこと」を、あまり大切に考えていないようでした。
習字教室で使用している硬筆のお手本には、文字をなぞるページがあります。
そのなぞりも、今まではわりとざっくり。はみ出してばかりでした。
教室に通い始めて数年経っているので、そろそろ「書写ってこういうことなんだ」という感覚を、一度ちゃんと知っておいてほしいと思いました。
ある日、なぞりのページを開いて、「本気で、絶対はみ出さない気持ちでなぞってみて」と言いました。
すると、かなり高い精度でなぞることができました。
そのとき本人から出てきた言葉が、「精神を使う!」でした。
たぶん本人としては、「神経を使う」「気を使う」「ものすごく集中する」みたいな感覚を、自分の語彙で「精神を使う」と言ったのだと思います。
「この子が、すごく大切なことに気づいた瞬間に立ち会うことができた!」と思いました。
「丁寧に書いて」では、わからないこともある
今まで大人が、きれいな字を書いてほしくて言った、
「もっと丁寧に」
「お手本をよく見て」
「きれいに」
「気持ちを込めて」
などの言葉は、本人の中では具体的な感覚に結びついていなかったのでしょう。
でも今回は、「高い精度でなぞる」という具体的な行動をした後、
「あ、これって精神を使うんだ」
と、本人の側から言葉が出てきました。
お手本に似せるためには、いつもより細かく見る。
時間をかけて集中して、意識して手を動かす。
そういう書写の感覚を、本人なりにつかんだのではないかと思います。
上手になぞることができたこと以上に、「書写とは何をする活動なのか」が少し見えたことのほうが、今回は大きかったように感じました。
お手本を細かく見るということ
なぞりの練習なので、線の上を通れば正解ということではありません。
線がどこから始まって、どこへ向かっているのか。
どのくらいの長さなのか。
曲がるところはどこなのか。
そこまで見ながら、できるだけ同じところを通る。
今回やってほしかったのは、なぞりを上手に仕上げることだけではなく、目の前にある形を細かく見て、それをできるだけそのまま写そうとすることでした。
なぞりなら、元の文字と自分が書いている線が重なっているので、違いもすぐにわかります。
「お手本をよく見て書いて」と言われるだけではわからなかったことを、まずはなぞることで体験できたのではないかと思います。
大人が抽象的な言葉で説明するより、まず具体的な行動をしてもらう。
そのあと、本人の中にどんな感覚が生まれるのかを見る。
そのほうが伝わることもあるのだと思います。
「精神を使う!」は、たぶん正確な言葉ではありません。
でも、本人が実際にやってみたからこそ出てきた言葉でした。

